朝日新聞東京本社は、築地本願寺から五百メートル足らずのところにある。
きのうの朝、地下鉄で出勤してきた同僚が言った。
「電車の中は、花でいっぱい。香りで息がつまりそうだ」
本願寺では、自殺した[X JAPAN]の元メンバー、
hideさん(33)の葬儀、告別式があった。
若者達が押し寄せ、付近の交通は大渋滞していると言う。
ちらっと大喧噪を予想しつつ、寺の付近に行ってみた。
こんなにたくさんの茶髪を、陽光の下で見たのは初めてだ。
整理の警官多数。
暑さか興奮か貧血を起こす者がいて、繰り返し救急車が走る。
花束を持ち、思い思いの黒い衣装、
つまり彼等流の喪服をまとい、hideを模したピンクの髪の人形を抱え、
あるいは携帯電話を手にした、献花の長い列ができている。
列は寺の正面前から大通りを曲がり、勝鬨橋にぶつかり、
隅田川に沿って川岸を上がり、佃大橋をくぐり。。。。
と、昼過ぎで二キロを超えていた。
末尾は献花までに推定六時間
本社が現在地に移転して十八年になるが、本願寺でこれほど参列者の多い葬儀は記憶に無い。
出棺の時間帯に再度、すべてが終わった夕刻(献花はまだ続いていたが)にもう一度、出かけた。
総合して、強く印象づけられたのは、この日の若者達の敬虔さだ。
何時間も押し黙り、整然と並んでいた。
故人を悼む気持があふれていた。
葬儀なのだから当然と言えば当然。
しかし当然でない、義理だけの葬儀が多い事は、だれもが感じている。
私にはhideの音楽はわからないけれど、これらの若者にとって、とても大事な人だったのだろう。
若者たちはまた、だれが言い出すまでもなくゴミ袋を持ち寄って、
吸い殻を拾い缶を集め、きれいに行列の後片づけをした。
あちこちに整然と袋が積み上げられた。
当然の、すてきな光景。
大喧噪は無かった。
いい葬式だった。
1998年5月8日
.朝日新聞 天声人語より.
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